死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 16

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 一九時二〇分。トキワガオカ高校前のバス停から、自動運行バスの最終便が出発しようとしていた。
 サクラは疲れた体に鞭を打って走り、なんとかそのバスに間に合った。
 すると、その車両には意外な人物が乗っていた。
「ジェームズ! なんであんたも」
「サクラ=ミズチか。僕は、図書室で調べ物をしていてね」
 クラスメートのジェームズ=ハズウェルが、ただ一人で、バスの乗車口からすぐ目立つ席に座っていた。バスの中には、他に誰も乗っていなかった。
 運転士のいないバスは、サクラが乗り込むや否や、静かに発進した。

 サクラは無意識の内に、刺すような目線でジェームズを睨んでいた。体を動かしてすっきりしたところだったが、彼の顔を目にして、また腹の内から沸々と沸き上がってくるものがあった。
 彼女の大切な幼馴染であるアルフが今日、おかしな噂を立てられるようになったのは、目の前の男のせいである。丁度いい。このむしゃくしゃした気持ちをぶつけてやろう。サクラはそう思った。
「今朝は、すまなかったね」
 ジェームズは、サクラが話しだすよりも早く、謝罪の意を述べた。
「え――?」
 サクラが怒りの言葉をぶつけようとしていた矢先に、出鼻をくじかれてしまった形だ。ジェームズは続けた。
「いや、君やアルフレッドに悪かったよ。僕が軽率に話をしたせいで、どうもクラスで変な噂が立ってしまったようだ」
「ほんとよ」
 その通りだ。とサクラは思った。
「だいたい、あなた――」
 サクラの言葉を、ジェームズは遮った。
「明日、僕からみんなに頼もうと思うんだ。『アルフレッドは僕たちと何も変わらない人間だ。そっとしといてくれ』って。どうかな?」
「そ、それは……」
 悪くない考えに思えた。話題を発した本人がそう言うのが、最もみんなの心に響きそうな気さえした。
 だが、サクラはどことなく釈然としないものも感じた。いったい、この男子は何がしたかったというのか。まるで、自作自演のような。
「……悪くないかな、と思うけど」
「じゃあ、決まりだね」
 ジェームズは言い切って、正面に向き直った。この話はこれで終わり、とでも言うかのようだった。
「これ以上、変なことになったら承知しないから」
 サクラがそう念を押すと、彼はゆっくりと彼女に向き直った。
「君とアルフレッドは、恋人同士なのか?」
「な、な、何を言うのよ、いきなり」
 予想外の言葉に、サクラは慌てて、上擦った声を出した。
「幼なじみよ、ただの! よく言われるけどね」
「異性として意識したことはない?」
「!」
 ジェームズは核心を衝いてきた。
 サクラは髪をかき上げる仕草をしつつ、平然とした声で答えた。
「……別に。あったとしても、あんたに言うことじゃないし」
「なるほどね」
 ジェームズは、にやりと口角をゆがめた。
 サクラは、見透かされているような気がして、腹が立った。
(やっぱりこいつ、ムカつく……)
 二人を乗せたバスは、夜の街を静かに走って行った。

「じゃあね。さよなら」
 家から最寄りのバス停に着いて、サクラはバスを降りた。ジェームズは手を振って、彼女を見送った。
 マンションまでの家路を、満月が明るく照らしていた。サクラは、ざわざわとした胸騒ぎのようなものを感じていた。
 先ほどのジェームズの質問が、彼女の頭のなかで繰り返されていた。
「……あるわよ」
 サクラは、誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。

第十六話に続く)


 読んでいただき、ありがとうございます。
 二ヶ月半ぶりのジェームズ登場でした^^;
 次話はまた、場面が変わります。

 遅筆ですいませんが、気長に読んで楽しんでいただければ幸いです。

 本作は、『小説家になろう』にも掲載しています。