2012-01-01から1年間の記事一覧

家鳴り

家鳴りがした。 海外出張と帰省を終えて、2週間ぶりに東京で一人暮らしするアパートに戻ってきたときのことである。 30秒毎に「ピシッ」と、金属製の弦が切れるかのような音がする。 不審に思って家具を調べたりするが、異常はない。どうやら床そのものから…

もうひとつのサーカス

薄暗いテントの中は、思ったよりもやや手狭だった。 小さな席に腰掛けると、隣の人と肩が触れ合うほどだった。 「すみません」 と、頭を下げながら、子連れの親が席を立つ。 私は何をすることもなくケータイの画面を眺めながら、開演を待った。 暗く 静まり…

2012年のライブ鑑賞を振り返って

今年はいくつか、アーティストのライブを観に行くことができました。 ということを、わざわざこうして書くのは、それ以前にライブに行ったことが一度しかなかったからです。 生まれて初めてライブ鑑賞に行ったのは、数年前、ある海外アーティストが日本武道…

星に願いを

会いたくて 今すぐ君に会いたくて 駆け出しそうになるけれど 僕がどんなに手を伸ばしても 君の足元にも届かない だから うんと努力しよう いつか 君と 肩を並べて 歩けるように いつの日か 君の隣に寄り添えたとき その輝きに 負けないように 君と同じだけ …

サーカス

彫刻の道化が 舞台の上に佇んでいる 暗闇のなかで 誰かが固唾を呑む音がする 彫刻が 手を振り出した先に 三振りの剣が現れた 剣は 次々に道化を離れ 宙高く飛び上がっては また道化の顔上に戻る 一つとして同じ軌跡なく 乱雑な無秩序でありながら 完全な制御…

詩のボクシング大会を観戦して

昨日、第12回詩のボクシング大会、及び、第4回声と言葉のボクシング大会が横浜で開催された。 私は一人電車で会場に赴き、両大会を観戦してきた。ひと月ほど前までは大会の日程すら知らなかったのだが、ちょうどこのブログの記事を書いているときにポエトリ…

いつか詩人になれるなら

いつか詩人になれるなら 世界中を旅して回ろう 草原を駆ける羊たちの群れを 湖に映る青空の影を 収穫を願う人々の踊りを 感じたものを 感じたままに 言葉に紡ぎ出せるように 世界中を旅して回ろう いつか詩人になれるなら 世界中でうたをうたおう 理不尽な暴…

風の駅(3/3)

第1話 第2話 フューに再会して七日後の早朝、ヴェントは誰よりも早く目を覚まし、馬とともにそっと王城を抜けだした。 嵐が来ていた。 強風に草は折れ、木は傾いでいた。馬が進むことをためらっていた。ヴェントは生まれて初めて、馬に鞭を振った。 風の駅か…

風の駅(2/3)

第1話 初めてシルフに会ってからというもの、ヴェントはよりいっそう足繁く、風の駅に通うようになった。最初の頃はシルフが現れるのを今か今かと待ち構えていたが、シルフは警戒心が強いという伝承を思い出し、敢えて何もせずに草地で寝そべったり、紙片に…

風の駅(1/3)

そこは、風の駅と呼ばれていた。 山間の窪地だった。四方に延びる道から風が吹き込み、また、出て行く場所だった。 ヴェントは今日も馬を駆り、一人でこの地を訪れていた。山は春を迎え、色とりどりのイチリンソウが風の駅を彩っていた。馬から下りると、彼…

生と負(9/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 「神倉君が警察に知らせてくれたんだね」 松田バイオテクノロジーソリューションズ株式会社の在津市研究所所長が、警察の事情聴取のために連行された翌日、悟と清香はいつものように森が丘高校に登校してい…

生と負(8/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 「罪を償おうとは考えていないんですか?」 そう尋ねたのは清香だった。「所長」は大きく息をついた。 「私の首一つで済むのなら、そうするんだがね。このプロジェクトには、我々の夢が懸かっているんだ。今更、…

生と負(7/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 広い部屋だった。手前側に低いガラステーブルを挟んで、二脚のソファがあり、奥に大きなデスクがあった。学校の校長室のようだ、と清香は思った。 デスクに、壮年の男が腰掛けていた。どうやら、この施設で最も権威を持…

生と負(6/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 その後、坂下は二件の電話を掛けた。一件目の電話で、移動のための車を手配したようだった。話しぶりからして、相手は同輩以下の立場と察せられた。 二件目の電話は、あたかも上司に対する部下の報告という雰囲気だった。 「…

生と負(5/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 「四国犬と違うところはいくつかあります」 悟は一歩、足を前に踏みだして、坂下に向かって語りだした。 「例えば、臼歯の大きさや足の付き方、足あとの形ですね」 実は、オオカミと犬には、遺伝学的な差はないとされている。いずれ…

生と負(4/9)

第1話 第2話 第3話 清香としては、目の前の動物がオオカミであるか否かは、ある意味どうでもよかった。 「そいつが、あの女の子を殺したんじゃないの?」 ざわざわした嫌な予感の正体はそれだった。二日前に、幼い女の子の命を奪ったのは、この獣ではないか…

生と負(3/9)

第1話 第2話 悟の家は、塀と庭がある一軒家だった。父親の仕事の関係で、両親は一年前から海外で暮らしており、今は悟一人で住んでいることを、清香は聞いていた。なので、家の門からおじいさんが出てきたときには、清香は驚いた。 近所に住む、樋渡さんだと…

生と負(2/9)

第1話 清香の問いかけに対して、悟は「いいや」と首を振った。 「なんでよ」と、清香は口を尖らせた。 悟ははっきりとは答えず、「うーん」と何か考えている様子だった。やがて、何かに思い至ったように、「あぁ、そうか」と言った。 「なによ」と再度、清香…

生と負(1/9)

小さな棺が、葬儀場から運び出された。 水城清香は、棺を乗せた霊柩車が走り去って行く様子を、傍らの母とともに見送った。 遺族もまた、タクシーで火葬場に向かった。残されたわずかな人々が、大きな息をつくのが感じられた。 寂しさと、悲しさと、やるせな…

魂のリレー(3/3)

第1話 第2話 「あなたも、薫の教え子の一人なんですね」 仲川薫の夫、良一はナムホンを屋内に招き入れてくれた。 ナムホンは俯いていた。まだ、彼女が亡くなっていたことのショックから抜けだせずにいた。 「やっと、病気を克服したときだったんですよ」 ぽ…

魂のリレー(2/3)

第1話 更に、四ヶ月後。ナムホンは熊本にいた。彼は、リストアップした「仲川薫がいる可能性がある道場」を訪ねながら、九州を南から北へ縦断していた。相変わらず手がかりはなかったが、ある道場の女将が気になることを言った。 「そう言えば、間宮さんのと…

脱皮

影が降ってきた 大空を駆ける 彼女の影だった 触れたら崩折れるような 薄く脆い羽根を 無心に震わせて 切り裂くような 叫び声で 灼けるような夏を 眩しいほどに 謳歌していた 私は彼女の影を追った 母なる樹から 生命を失くした脱け殻が 音もなく落ちた 墓標…

小説とライトノベルの違い

小説とライトノベルの違いは、明確なようでいて、境界線上ではやや曖昧な気がする。 そもそも、この違いは大多数の人にとってはどうでもいいことだろう。 小説だけ読む人や、ライトノベルだけ読む人はいるかもしれないが、その人たちにしても、小説だから、…

魂のリレー(1/3)

仙台駅の東口から外へ出て、ナムホンは日本に来たのだという実感をいっそう強く持った。 初めて彼女に出逢ってから、ずっと憧れていた国だ。十二年前、彼女がナムホンの母国を訪れ、幼いナムホン達にカラテを教えてくれた時から、ナムホンはいつか必ず日本を…

詩を書く意味

「誰でもできて、すぐにでも始められる。それが詩だと思う。」 と、昔つぶやいたことがある。ある人によれば、日本では大衆が詩を書く文化が根付いているのだそうだ。 確かに、学校教育の中で詩(俳句、短歌を含む)を書いたことがない人はおそらく稀だろうし…

夢のカタチ

子どもの頃、夢を語る友だちがいた。 僕には、語るべき夢はなかった。 それは あまりにあいまいすぎた 僕には 目の前にあるものしか見えてなかった。 目の前の目標だけを 懸命にクリアしてきた。 進学校に入ったから、大学に入った。 研究者になりたくなかっ…

青と白の海

淡い青の海があった 何人も 触れることは叶わなかった 海には 気まぐれな白い雲たちが棲んでいた 好き勝手に海を漂流しては 群れを成し 山のように積み重なって 次々に形を変えながら 青い空海を 埋め尽くしていた 遮るもののない 太陽の光が そんな雲々の陰…

って

前触れもなく 出逢って 目が合って 語って 惹かれ合って 焦がれて もう一度 出逢って もっと引かれて 手を取り合って 求めて 確かめ合って 抱きしめて 見つめて 笑って でも わかり合えなくて 「それでもいいじゃん」 と、あなたは言った。

ゴミ箱の夢

小学校の卒業アルバムには 「僕の夢」という題で書かれた作文があった 何も知らなかった頃に 間に合わせで書いた 他愛もない夢 日中のオンラインゲーム世界の中は 比較的 閑散としていた いるのは学生やフリーターなど 暇を持て余している者たちなのだろう …

火の鳥

火炉から伝わる振動で 室内の空気が震えていた 重い隔壁に遮断されているにもかかわらず バーナーの熱が 鼻を焦がすようだった 外では 遮るもののない太陽が 青空にただ一点 光と熱を放っていた 硬いジュラルミンの台に 足を乗せ 隔壁にある たった一つの小…