死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 8

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 同じ日の放課後。

 美術実習室で、アルフはペインティングナイフを右手に持ち、キャンバスに向き合っていた。同実習室内では、同じ美術部の部員たちが、めいめいに制作活動を行っていた。
 先週の今日、トキワ市主催の絵画展が終わったばかりだった。その絵画展では、アルフ含め、多くの部員の作品が展示された。次のコンクールの出品は、夏季休暇明け以降の予定だ。だが、アルフは残り二週間の上期の内に、いま描いている油画を完成させたい、と考えていた。
「良い出来だね。もうだいぶ描けてるじゃないか」
 制作途中の画を見た、顧問の美術教師が言った。脇には下書きとして参照している、アルフ自身が描いた木炭画があった。見比べると、画の概形がほぼ出来つつあるようだった。
 教師は、夏季休暇中に開催される公募展の情報を調べた。「これに出品してみないか」彼はアルフに提案した。
「締め切りはいつですか?」
 その公募展の締め切りは、一月二十五日――十日後だった。
「間に合うと思います。応募してみます」
と、アルフは答えた。
 明確な目標が与えられたことで、より集中力が高まるように思った。もっとも、周囲にはその違いはわからなかったが。
 クラスメートでもある部員の一人が、別の部員と何事か話していた。ときどき、アルフの方に目線を向けながら、ひそひそと。だが、アルフは特段、そのことを気に掛けはしなかった。
 アルフは、その日最後の塗り作業を終えると、キャンバスを乾燥棚に置き、帰途に就いた。

     ◇

 真夏の日は長い。時刻は十八時を回ったところだったが、まだ空は明るかった。
 体育館からは、ボールが弾む音や掛け声が聞こえた。バスケットボール部に所属しているサクラは、まだ練習を続けているようだった。今日は特に、アルフと待ち合わせもしていない。
(あれ……)
 アルフが高校前のバス停に向かうと、珍しいことに、自動運転バスが遅延していた。どこかで交通事故でもあったのだろうか。
 もう都市部ではほとんど見られなくなったが、人間のハンドル操作で走行する車もなくはない。人が運転する車によって起こされる事故は、過去よりは大きく減ったものの、まだゼロではなかった。
(仕方ない。今日は歩くか)
 アルフは、久しぶりに徒歩で帰宅することにした。自宅のマンションまでは三十分強といったところだ。地下鉄を利用することもできたが、駅までの移動時間や待ち時間を考えると、時間的な差はほとんどなかった。

 アルフたちが暮らすトキワ市は、ヒノモト国の首都セイキョウ都の中央に位置する、人口十万人ほどの市である。
 今のセイキョウ都は、かつてシナノ県と呼ばれていた地域に位置する。二十年前までは、西の『ビッグ・オーシャン』に面した湾岸の一地域が、首都セイキョウ都だった。しかし、二十年前の正史二〇〇五年に起こった『首都圏大震災』で壊滅的な打撃を受け、当時の政府の判断で、首都機能が旧シナノ県――現セイキョウ都に移転された。
 アルフが物心つく頃は、まだセイキョウ都には自然の風景が多かった。だが、この二十年間の変化は大きかった。アルフの帰路にはもはや畑一つなく、無機質なビル群が立ち並ぶ隙間を縫って、自動運行する車両らが整然と走っていた。

 そんな都市の街中を歩きながら、アルフはいつもと違う「あるもの」を見つけるのだった。

第八話に続く)


『小説家になろう』掲載作品