死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 10

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 アルフにとって長い、しかし、たった数秒ほどの時間が経った。
 名も知らぬ少女は、アルフの右拳を自身の心臓に突き立て、まるで自身を貫くかのように力を込めた。
「……ぅぐぁっ」
 アルフは呻いた。少女の爪が腕に突き刺さり、右拳からめりめりと骨が軋む音がする。
 相応の痛みを味わっているはずなのに、少女は眉ひとつ動かさなかった。

 自失していたアルフは、痛みでようやく正気に返った。アルフは夢中で上向きに力を込め、体重を掛けて少女を思いっきり突き飛ばした。
 力こそ強い少女だったが、体重は見た目と変わらず、軽かった。少女は部屋の中央部に尻餅をついて倒れた。
 げほっげほっと、少女はむせ返った。
 アルフは左手で右手首を握った。ジンジンと痛む。もう少しで、骨が折れたのではないかと思った。

「――君は、いったい何者なの……?」
 アルフは右手を庇いながら、訊ねた。
「……びを」
「え?」
 呼吸を整えながら、少女が途切れ途切れの言葉を放つ。
「……滅びの魔法を、早く……。あなたは、アグロス=ナベルの末裔……」
 アルフは耳を疑った。なぜ、初対面の少女が自分の出自を知っているのか。

 日は徐々に落ちようとしていた。
 黄昏色の空は、ゆっくりと濃い紫色に変わりつつあった。
 アルフは少女の外見上の特徴を、だんだんと判別できるようになってきた。
 ボロボロの着衣を纏った少女は全身が汚れていたが、元は白い肌のようだった。ゆるくウェーブの掛かった金髪は胸まで達し、その波の上流では両の耳の先端が突き出していた。人形のように無垢な顔立ちをした一方で、大きな真紅の双眸は、まるで彼女を人外の魔物のようにも感じさせた。

「滅びの、魔法……?」
 アルフは、呪文のようなその言葉を口の中で繰り返した。
 少年のその反応に、彼女の表情は歪んだ。眉根を寄せ、悲痛そうに。
「……知らない、の……?」
 その表情を見て、アルフもまた胸が締めつけられるような痛みを感じながら、首を横に振った。ひょっとしたらそれは、俗に『アグロス=ナベルの魔法』と呼ばれるものの正体なのかもしれない。
 そう、と少女は言って、落胆したかのように視線を落とした。
 数拍の沈黙の後、アルフは別の質問を投げかけた。
「なぜ、僕のことを知っているの?」
 ジュホウを使ったから、と少女は答えた。呪法――呪われた魔法ということらしい。
「代償として、私は『眠り』を失った。これからも気が狂いそうになる時間を、眠らずに過ごさなければいけない」
 彼女は淡々と呟きながら、両手で自身の肩を抱いていた。
 アルフにわかったのは、彼女は睡眠を取らないらしいということだけだった。眠らずに生きていけたら、人の倍の時間を有効に使えるのではないか。少年は束の間、そんな夢想を抱いた。
「アグロス=ナベルの子孫が生きてるってことは、感覚でわかった。でもまさか、こんな極西の島国にいるなんて思わなかった。復活して最初の二年は、ローマニラ中を当てもなく探し回ったわ」
 話が見えてこなかった。彼女は何を言ってるんだろう。
 だが、その次に彼女が発した言葉は、アルフを驚愕させた。

「私はトゥルーバニランよ。あなた達が殺戮した、最後の生き残り」

第十話に続く)


『小説家になろう』掲載作品