生と負(1/9)

 小さな棺が、葬儀場から運び出された。
 水城清香は、棺を乗せた霊柩車が走り去って行く様子を、傍らの母とともに見送った。
 遺族もまた、タクシーで火葬場に向かった。残されたわずかな人々が、大きな息をつくのが感じられた。
 寂しさと、悲しさと、やるせなさが、その場にはあった。
 清香の脳裏には、亡くなった子どもの母親が、嗚咽する姿が焼き付いていた。
 「じゃあ、私、学校に行くね」と、彼女は母に告げた。彼女が通う森が丘高校は、葬儀場から歩いて十五分の距離にあった。
 今日はもう休んだら、という母に、清香は「大丈夫」と答えた。課題の締め切りがあるから、と半ば言い訳のように言った。母は、そう、とだけ応えた。
 清香は学校へ向かう途中の通りで、何台ものパトカーを見かけた。丁度、森が丘高校の裏手にある山の方に向かっているようだった。
 森見山という、標高一千メートルそこそこの山である。森見山では、以前からペットが捨てられることが問題になっていた。山を登れば、あちこちに「ペット捨てるな」などと書かれたポスターを見ることができる。それでも、心ない飼い主はいるらしく、数年前から度々野良犬を見かけたという通報があった。その度に、保健所の職員らが動員され、捕獲されていた。
 ここ一年の間は野良犬の噂は聞いていない、と清香は母が語っていたのを聞いた。実際に清香もインターネットで検索してみたが、確かに最後に野良犬捕獲のニュースが在津市で聞かれたのは、一年と三ヶ月も前のことだった。
 しかし、「事件」の直後には、野生化した犬の姿が何度か目撃されていた。
 どうして――という思いが、清香にはある。

 六歳の女の子が、帰宅途中に野犬に襲われ、息を引き取ったのは、二日前のことだった。女の子は清香の近所に住む子どもで、何度か清香と面識があった。子どもの両親は夫婦仲もよく、仲睦まじい理想的な家庭だと、清香は感じていた。
 しかし、その幸せは事件によって粉々に破壊されてしまった。清香の中には、亡くなった子に対する悲しみと、危険な犬を放置していった無責任な飼い主に対する怒りが渦巻いていた。
 やり場のない思いを抱えたまま、清香は学校にたどり着き、自分の教室に入った。よほど怖い顔をしていたのか、授業をしていた教師が一瞬たじろいだように、清香は感じた。
 ホームルームが終わり、放課後になると、清香は帰宅準備をしていたあるクラスメートに声を掛けた。
「悟」
 その男子生徒は、清香が来ると、「ん?」と顔を上げた。
 炭谷悟というのが、彼の名前だった。清香とは小学校時代からの友人である。
「今日バイトでしょ。店に寄ってもいい?」
と、清香は続けた。
 悟は市内のペットショップでアルバイトをしていた。毎週木曜にシフトが入っていることを、清香は知っていた。彼女はペットショップの店主に、今回の事件について話を聞いてみたいと思っていた。

(第2話に続く)