生と負(2/9)

第1話

 清香の問いかけに対して、悟は「いいや」と首を振った。
 「なんでよ」と、清香は口を尖らせた。
 悟ははっきりとは答えず、「うーん」と何か考えている様子だった。やがて、何かに思い至ったように、「あぁ、そうか」と言った。
 「なによ」と再度、清香は口を尖らせる。悟は全く慌てた様子がない。昔からそうだった。悟は基本的に感情を表に出さず、いつも淡々とした口調で喋る。そして、何を考えているかよくわからない。
「今日はバイトは休みなんだ。それより、ちょっと清香に見てもらいたいものが家にあるんだけど、来てくれないか」
 悟にそう言われて、清香は少し思案した。実のところ、悟がいなくてもペットショップに行き、店主に話を聞きたいところだったが、それよりも彼の言う「見せたいもの」が気になった。悟がそんな言い方をすることは滅多にない。だから、きっと余程のものなのだろう。
「すごく気になるから、行く」
と、清香は答えた。なぜか、周囲の女子生徒たちが二人の様子を窺いながら、ひそひそと話しをしているような気がしたが、それは敢えて気にしないことにした。
 清香は一旦、自席に戻り、帰り支度をしながら自分と同じ女子バレー部の部員に「今日は部活には行かないから」と言伝てた。そのまま教室の出口に向かう。振り返ると、悟はある男子生徒と何かを話していた。悟と同じくらい寡黙で、クラスの誰からも距離を置いているような生徒だった。
 神倉真というのが、彼の名だった。やりとりしている言葉は少なかったが、逆にその分、二人が共有しているものが多いように、清香には感じられた。二人の組合せは、清香にとっては意外だった。
「何話してたの?」
 追いついて来た悟に、清香は訊ねた。
「大したことじゃないよ」
 悟はそう答えた。

 二人は学校を出て、徒歩で歩き出した。
 「今日はバイクじゃないんだ?」と清香が訊くと、「バイト休みだからね」と当然のように悟は答えた。
 悟の家は、森が丘高校から北東へ1.5キロメートルほどのところにある。途中までは国道が通っているので、車の通りがやや多い。同じ高校の生徒が乗ったバイクや通学バスが、清香たちを追い抜いて、走り去って行った。
 家まであと数百メートルというところで、閑散とした路地に入った。丁度、学生が帰宅するぐらいの時分だが、住宅街であるにも関わらず、人通りは少なかった。

(第3話に続く)