生と負(3/9)

第1話
第2話

 悟の家は、塀と庭がある一軒家だった。父親の仕事の関係で、両親は一年前から海外で暮らしており、今は悟一人で住んでいることを、清香は聞いていた。なので、家の門からおじいさんが出てきたときには、清香は驚いた。
 近所に住む、樋渡さんだと、悟が紹介してくれた。
「念の為にね。ときどき様子を見ておいてもらえるように、お願いしておいたんだ」
 悟は、説明になっているのか、なっていないのかわからないことを言った。悟の言葉の意味がわかったのは、家の庭に入ってからだった。樋渡さんは二人に笑顔で挨拶を交わすと、自宅の方へ歩き去って行った。
 悟に招かれ、清香は家の敷地に足を踏み入れた。

 獣の唸り声が聞こえた。
 庭に入ると、奥に犬がいた。特徴からして、秋田犬かな、と清香は思った。
 ものものしいことに、首輪からは鎖が繋がれており、なぜかその先は庭木の幹に括りつけられていた。犬が歩くと、じゃらりと鎖の音がした。
「犬飼ってたっけ?」
と、清香は悟に訊ねた。「犬じゃないよ」と、悟は答えた。
「オオカミだよ」
 なんだ、オオカミか、と清香は一瞬、思いかけて、「え?」と慌てて聞き返した。「本当に?」と清香が再び訊ねると、悟は当然のように頷く。
「なんで、オオカミがこんなとこにいるのよ」
 清香は強い口調で訊ねた。胸の奥からざわりと嫌な予感がしていた。だが、そもそもこれは本当にオオカミなのか、という疑問もまだあった。
 悟は肩を竦めた。
「成り行きでね」
 悟は語った。二日前の帰り道、このオオカミに襲われたこと。塀に頭をぶつけて気を失ったオオカミを家に運び、とりあえず飼うことにしたこと。最初は彼も犬かと思ったが、細かな体の特徴が犬と異なることに気づき、調べたところオオカミだったということ。
 その獣は、ニホンオオカミの特徴を有していた。改めて見ると、秋田犬とはかなり異なっていた。やや前傾の姿勢で、前足は体の中心寄りに位置していた。口吻は短かったが顎が大きく、後ろ足の筋肉が発達していた。
ニホンオオカミって、絶滅したんじゃなかったっけ?」
 清香は以前、学校の授業で習ったことを覚えていた。
 「そうだね」と、悟は答えた。
「でも、これはニホンオオカミだよ」
 悟は断言した。矛盾しているが、事実だから受け入れるしかない、とでも言うかのように。

(第4話に続く)