生と負(6/9)

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 その後、坂下は二件の電話を掛けた。一件目の電話で、移動のための車を手配したようだった。話しぶりからして、相手は同輩以下の立場と察せられた。
 二件目の電話は、あたかも上司に対する部下の報告という雰囲気だった。
「坂下です。『ファイブ』を見つけました。……ええ。市内の高校生が保護していました。……詳しくはいま、言えないのですが、これからこの生徒たちを連れてそちらに行きますので、時間を空けておいてもらえますか?」
 電話が終わると、坂下は二人に向き直った。付いて来なくてもいいんだよ、と坂下はもう一度言った。清香は首を横に振った。
 午後六時になろうとしていた。季節は夏の盛りを迎える前のころで、黄昏時というにはまだ早かった。
 間もなくして、家の門前に車が停められる音がした。オオカミを庭木から放って、車に乗せるのに、悟も手を貸した。
 黒塗りのワゴン車だった。窓の色も暗く、外からは車内の様子は見えないようだった。後部座席の後ろが荷台になっており、頑丈な檻が用意されていた。オオカミはその檻の中に入れられた。
 元々乗車していたのは、運転手の男一人だった。清香たちが車に乗り込むとき、坂下は荷物の中からタオルを二枚、取り出した。
「申し訳ないけど、一応、目隠しをさせてもらえるかな」
 知らない方が得をすることもある、と坂下は言い添えた。どうやら、これから行く場所を知られたくないらしい。清香は不満気だったが、悟が率先して承諾したので、渋々従った。
 四人と一匹を乗せて、ワゴン車は走りだした。路地を抜けた後、国道に入ったらしいと、清香は感じた。しかし、三度目の角を曲がった辺りで、もう現在地が全くわからなくなっていた。道を覚えさせないための工夫なのか、車がわざとでたらめに方向を変えているように、清香は感覚した。
 しばらく経った後、清香は時間を数えておけばよかった、と後悔した。途中から心の中で清香が時を数え始めて、およそ十分が経った後、ワゴン車は目的地に着いたようだった。
「まだ目隠しは取らないで」
と、坂下が釘を刺した。ようやく目隠しを外してもらえたのは、清香たちが二人の大人に連れられて建物の中に入った後だった。
 清潔で無機質な建物だった。壁には樹脂素材と思われる白い壁材が使われ、グレーの床には細い格子状の模様が走っていた。清香は、オフィスか研究施設を連想した。
「携帯電話も預っておこうか」
 坂下が手を広げて出した。あれこれと要求してくるが、坂下は高圧的な印象を与えなかった。だから、清香はそれほど不快には感じなかった。悟はポケットから、清香は鞄から携帯電話を取り出し、坂下に預けた。坂下はそれらを無造作にスーツのポケットにしまった。
 二人の少年少女は、建物の一番奥の部屋に案内された。黒い木製のドアを坂下がノックし、失礼します、と言ってドアを開けた。少女たちはそれに続いた。

(第7話に続く)