生と負(9/9)

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「神倉君が警察に知らせてくれたんだね」
 松田バイオテクノロジーソリューションズ株式会社の在津市研究所所長が、警察の事情聴取のために連行された翌日、悟と清香はいつものように森が丘高校に登校していた。二人も警察の事情聴取に応じたが、早々に解放され、夜が更ける前には帰宅することができた。
 神倉真は昨日、悟のバイクを借りて先回りし、悟の家の中から庭の様子を見ていたそうだ。二人がオオカミとともに連れ去られた後、神倉は携帯電話の位置情報を利用しながら後を追い、松田バイオテクノロジーソリューションズの研究所にいることを確めた。
「まあ、そもそも最初は俺が考えたことだったしな」
と、彼は言った。
 悟は三日前にオオカミを捕まえた後すぐ、神倉に連絡した。ニホンオオカミだと思う、という悟の意見に対し、神倉は背後に企業組織の存在を想像した。おそらくその組織は血眼になって逃したオオカミを探しているだろう。だから、こちらに接触してきたところで、逆にしっぽを捕まえよう。そう、神倉は提案した。
 新聞各紙の朝刊では、「お手柄高校生」や「ニホンオオカミ復活」などといった見出しが一面を飾っていた。どうやら日本中に知られる大きなニュースになりそうだった。また、事件の渦中にいた悟と清香にも、いくらかスポットライトが当てられることになるようだった。
 研究所の職員らの事情聴取が終わり次第、今日にでも記者会見が行われるだろう。所長である磯貝賢一や、飼育を担当していた者の罪は免れられないと考えられる。松田バイオ社はニホンオオカミを復活させることによって、遺伝子工学分野における卓越した技術を世界にアピールする狙いがあったようだが、今回の事件によって、むしろマイナスのイメージが先行してしまうだろう。
 清香は、大人たちが起こした「実験」の犠牲になった子どもの冥福を祈るとともに、その結果生まれてきてしまった年若い動物の、幸福な前途を願った。
 森見山から、獣の遠吠えが聞こえた。誰かに打ち捨てられた犬だろうか。それとも――。

(完)