風の駅(2/3)

第1話

 初めてシルフに会ってからというもの、ヴェントはよりいっそう足繁く、風の駅に通うようになった。最初の頃はシルフが現れるのを今か今かと待ち構えていたが、シルフは警戒心が強いという伝承を思い出し、敢えて何もせずに草地で寝そべったり、紙片に詩を記したりしながら待つようになった。
 しかし、来る日も来る日もシルフは現れなかった。春が過ぎ、夏の暑い盛りを過ぎて、夕暮れ時の山ではコオロギの鳴き声が聞こえるようになってきた。
 そんなある日のことだった。
「また、いるのね」
と、蒼い髪の少女は、再び、唐突に姿を現した。少女が着ている衣は以前と同じだった。ヴェントには、それがどんな素材で出来ているのか、想像もつかなかったが。
「君は、シルフなのか?」
 ヴェントが尋ねると、少女ははぐらかすように、辺りをぴょんぴょんと身軽に跳び回った。
「そうね。あなたたちがそう呼んでいるものだと思うわ」
 フューと、彼女は名乗った。シルフにも名があるらしい。
 ヴェントには、彼女に尋ねたいことがあった。
「人がシルフになるという法を知っているのであれば、教えてくれないか」
 少女の動きが止まった。かと思うと、くるっと空高く宙返りをして、ヴェントの眼前までやってきた。
「あなた、シルフになりたいの?」
 フューはからかうように、くすっと笑った。
「興味はあるさ」
と、ヴェントは努めて平静に言った。が、実際にはそれは、彼の心の底からの願いだった。
 この国の王子である彼は、自由に憧れていた。彼は幼い頃から、厳格な父王の方針で多くのルールを課せられて生きてきた。食事や着衣、更に振る舞いさえも、自分の自由な意思で決めることはできなかった。
 十四歳で成人式を迎え、ようやくわずかな空き時間を獲得することができるようになった。その間は専ら城外へ出た。身分を隠して民と接し、閉ざされていた世界を目と耳で感覚した。
 外界への興味は留まるところを知らなかった。それに反して、わずかな時間しか自由にならない自分の身分が恨めしかった。旅人や木こりのような生き方を羨ましく思っていた。そして、フューに出逢ってから、何日も再会を待つうちに、自身の中でシルフへの憧れが高まっていくことを感じていた。
 しかし、フューが告げたその『法』は、恐ろしいものだった。
「東の山の一番高い崖から飛び降りなさい」
 少しでも恐怖を感じれば、ただ岩肌に打たれて死ぬでしょう。運がよければ、シルフになれる。そう、彼女は語った。
 気づいた時には、シルフの少女はいなくなっていた。ヴェントはしばらくの間、呆然と立ち尽くした。

(第3話に続く)