もうひとつのサーカス

 薄暗いテントの中は、思ったよりもやや手狭だった。
 小さな席に腰掛けると、隣の人と肩が触れ合うほどだった。
「すみません」
と、頭を下げながら、子連れの親が席を立つ。
 私は何をすることもなくケータイの画面を眺めながら、開演を待った。

暗く 静まり返った場内に
ミラーボールが輝きだす

いつの間にか
男女のピエロは姿を消した

ハープのメロディが音階を駆け上がり
シンバルが激しく打ち合わされると
降り注ぐレーザー光に彩られ
年老いたテントが 息を吹き返した

静かにダンスが始まる
初めは一人で
続いて四人で
今度は二人で

強靭な肉体を持った男が 両腕を布で吊って宙を滑空する
美しくしなやかな女が 空中ブランコで次々に離れ技を決める

「なんだこれ休憩あるじゃん」
 第一幕が終わると、隣の男が言った。
 遅れて入場してきた者たちが、特別自由席という、席のないベンチに腰掛け、会場は人で埋め尽くされていた。
 スーツ姿の私は、ひとり場違いな所に来てしまった気分で、時が過ぎるのをただじっと待った。

警報音のような忙しないミュージックに
危険を知らせるアナウンスの声が重なる

組み上げられた
「死の輪」を意味する巨大な舞台装置が
飽くなき回転を始める

三台のバイクが 爆音を上げて
狭い球内を縦横無尽に駆け回った

「うわ!」
 私は思わず声を上げた。
 男のピエロが目の前にいた。ピエロは私の手を取ると、中央のステージへ誘った。私だけでなく、他に三人の観客がステージへ招かれた。
 私たちは他の大勢の観客に挨拶をし、なぜか組体操のようなことをさせられ、身動きが取れなくなったところで、なんとそのまま放置された。

招かれざる観客たちが
大慌てで舞台から去って行く

鞭の音が鳴る

立木のようなキリンが現れ
二本足で立つ象がダンスを見せる
檻の中で 八頭のライオンたちが整然と並び立つ

天井で揺れる二組の遊具で
男たちが替わる替わる 跳躍を決める
振り子のように 正確に

演技が成功するその度に
時間が静止した

 エンディングのブラスバンドが鳴り、出演者たちが一同に出てくると、観客たちはまばらに席を立ち始めた。
 私はしばらく拍手を送った後で、出入り口に向かう人の波に乗った。

 雨のような喝采が、途切れることなく舞台に降り続けていた。