エビル・コスチューム (2/6)
「マサキ、やる気なさすぎ」
カンナは待ち合わせに遅刻して来たマサキに、容赦ない駄目出しをした。カンナと同じ専門学校に通う彼は、ドン・キホーテで買ったらしい囚人服の上下を着ただけだった。
そもそも、ハロウィーンは大人のコスプレイベントではないのだが、なぜか東京ではそういうものになっている。
「悪ぃ、バイト長引いちまった」
カンナはポーチから白いファンデーションとアイライナー、パウダーを取り出し、有無を言わさずマサキの顔にメイクを施した。目の下に隈を作り、顔色を変えて多少、雰囲気を出すことが出来た。「サンキュー」と、マサキ。
「見てみなよ、あの子」と、カンナは先ほど見つけた悪魔姿の女子を指差した。
「うわ……ハンパねぇ」
マサキは息を飲んだ。カンナは同意して頷いた。
二人のやり取りは、当の本人の関心を惹いたようだ。悪魔女子は静かに歩み寄ると、カンナたちに話し掛けてきた。
「……私、何か変?」
カンナはどきっとして後退りした。彼女は人間ではあり得ないパープルの肌を持っていたが、間近で見ると紛れもない美女だった。
「い、いやぁ。すごいカッコいいよ。映画のキャラみたい」
「ほんと!? やったぁ!」
彼女が無邪気に喜ぶので、カンナとマサキは呆気に取られた。
「……にしても、その羽根とか尻尾すげえな。生きてるみたいだ」
「えへへ、そりゃそうだよ。本物だからね」
マサキの言葉に、彼女は軽い口調で答えた。カンナは声を上げて笑った。
悪魔姿の女子の名前はリエといった。リエは不思議な女性だった。
「お菓子ちょうだい」
彼女は唐突にそう言って、両手を前に出した。
「は……?」
マサキが目を白黒させる。
「今日は人間が悪魔にお菓子をくれる日なんでしょう?」
「あ、あー。ハロウィンだから? そういや元々はそんなだっけ」
マサキもカンナも、最早ハロウィーンのことは「大人がコスプレをしても許される日」としか思っていなかった。
カンナはごそごそとポーチをあさった。
「じゃあ、ハイ。これあげる」
と、たまたま入っていた飴玉をリエにあげた。
「ありがとう!」
リエは嬉しそうに飴玉を頬張った。
「リエは暇なの? これから、ウチらと遊ぶ?」
なんとなく行く当てがなさそうなリエに、カンナは提案してみた。
「え、いいの? 私お金とか持ってないけど」
確かにリエの服装からは、財布などを隠し持つ余地がないように見えた。
「大丈夫、大丈夫。こいつが全部払うから」
と、カンナはマサキの肩を叩いた。
「えぇっ。せめて割り勘にしようぜ」
慌てた声で言うマサキ。ケチくさい男だ、とカンナは思った。
三人はまず、渋谷EST三階のボウリング場に行った。
「えっ! ボウリングやったことないの?」
リエの言葉は、カンナとマサキを驚かせた。
「うん。何、ボーリングって?」
この日本に、ボウリングをやったことがない大人がいるとは。マサキは驚きつつも、ボールを選ぶところから、できるだけ丁寧に教えた。彼はまず、彼女に手頃な大きさのボールを取ってあげようとした。
「自分に合った重さのボールを選ぶんだよ。リエちゃんは8ぐらいでいいんじゃない……って、えぇ! そんな重いの持てるの!?」
ふと見ると、リエは一番重い十六ポンド球を軽々と片手で持っていた。
「このぐらい、軽いよ」
彼女は得意気な顔で言った。見た目よりもかなり力持ちらしい。
マサキは次に、ボールの投げ方と、的となる物について説明した。
「レーンの一番奥にピンが並んでるでしょ? アレをなるべくたくさん倒すんだ。ボールはこう、転がすような感じで」
「わかった」
というリエは、あまりマサキの話を聞いていないようにも見えた。
リエは低い構えからまるで円盤投げのようにして、十六ポンドのボールをサイドスローで投げ放った。ボールは床に付くことなく一直線に飛んでいき、十本のピンを粉々に打ち砕いた。やけに大きな破砕音がボウリング場に響き渡った。
「ハ、ハハ……ストライクだね」
マサキは引きつった声で笑った。頭上のモニタにストライクを示す「×」のマークが示された。レーン奥のピンセッターは壊れてしまったようで、ウィーンと機械音を鳴らしながら、空回りし続けた。
マサキが叫んだ。
「店員さん、すいません! このレーン壊れてるみたいなんで、変えてもらってもいいですか?」
その後、リエは二人がボウリングをしている様子を、ずっと見学することになった。
ボウリング場から出た後、三人はすぐ近くのカラオケ館に行った。
「リエ、何歌うの?」
カンナが訊くと、リエは不思議そうな顔をした。
「人間の歌はわかんないな」
「何その悪魔キャラ設定? ウケるんだけど」
「そう、私は悪魔よ。地獄の最下層コキュートスから来たの」
リエがやけに真面目な顔で言うので、カンナはまた笑った。
「面白いけどさあ。――で、何歌うの?」
マサキがカラオケの端末を操作しながら訊ねた。
リエはしばらく考えこんだ後、何かを思いついたようだ。
「あ、あれならわかるわ」
「なになに?」
カンナとマサキは、身を乗り出して訊いた。
「アベ・シンゾー……間違えた。アヴェ・マリア」
二人はがくっと肩を落とした。
「……賛美歌みたいなアレ?」
「……全っ然、悪魔っぽくないじゃん」
(第三話に続く)
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