エビル・コスチューム (1/6)

目次


 どうにでもなってしまえばいい。

 安アパートにある居室で、男はぼうっとパソコンのモニタを眺めながら、煙草をくゆらせていた。デスクの上は雑然としている。
 キーボードの左側に、サバイバルナイフと拳銃があった。拳銃はインターネット上の、とある掲示板サイトで知り合った人物から、男が購入した物だ。
 弾丸は百発ほど買った。それだけの量の弾を何に使うのか。そんなことは訊かれなかった。弾丸は予備の弾倉にも充填しておき、残りはばらで持つことにした。
 男が最後に失職してから、三ヶ月が経っていた。貯金はもう、底をついていた。次に家賃を支払わなかったら、このアパートからも追い出されるだろう。
 だが、もうどうでもいい。男にとってはそうだった。
 カレンダーを見る。今日は十月二十九日、木曜だ。明日の夜はハロウィーンのイベントで、都内各所はお祭り騒ぎになるだろう。おめでたいことだ。

 最後に派手なことをやろう。
 男はそう思っていた。彼は人が密集するところに行き、騒ぎを起こすつもりだった。そして警察に捕まる前に、銃で自殺しよう。そう思っていた。
 ハロウィーンにちなんで、男は仮装も用意した。ネットショップで、神父風の黒い上下のコートと、頭をすっぽりと覆うジャック・オー・ランタンの被り物を買った。来月のクレジットカードの引き落としは失敗するだろうが、彼の知ったことではない。

 煙草の煙に紛れて、黒い影が室内に侵入してきたことに、男は気づかなかった。そのトカゲのような影は、彼の腰掛ける椅子からその肩へよじ登り、するりと左耳の穴の中に入り込んだ。
「う……」
 男は呻き声を上げて、昏倒した。


 渋谷の街中に、完璧な悪魔の女が現れた。

 十月三十日金曜日、十六時ごろ。
 都内の専門学校に通うカンナはゾンビ・ナースのコスプレをして、同級生のマサキを待っていた。
 渋谷駅のハチ公口近辺の人口密度について、予想はしていたが、来てみると実際には予想以上にひどかった。今日は金曜日だから、これからますますひどくなっていくだろう。
 カンナは自分のメイクと仮装の仕上がりに満足していた。去年は準備不足だったが、今年は丸一日予定を空け、メイクに十分な時間が使えた。手足と顔に施した傷メイクは、我流ながらリアリティの高いものが出来たという自負があった。
 そんなカンナだったが、彼女を見たときには呼吸を忘れるほど驚いた。
(あれ……?)
 初め、カンナは目を疑った。喫煙スペースの脇のその植込みの前には、一瞬前までは誰もいなかったのだ。いつの間にか、悪魔の姿をした女性が、周囲の人々に溶けこむように自然に佇んでいた。

 彼女はどう見ても悪魔そのものだった。
 まるで、ハリウッド映画のスクリーンから飛び出してきたかのような迫力があった。
 全身の肌は淡いパープルで、髪は銀髪、瞳は灰色、頭からは山羊のような角が生え、コウモリのような大きな羽根と、黒い矢尻つきの尻尾を持っていた。着衣だけは人工物のようだった。黒いフェイクレザーのレオタードスーツに、ニーハイソックス、ロングブーツという黒ずくめの出で立ちだった。
 年齢はカンナと同じか、もっと若いかもしれない。格好は大人びているが、よく見ると少女のようなあどけない表情をしている。
 その日がハロウィーンでなければ、ひと騒ぎ起きたかもしれない。が、カンナ含め周囲の人々は、完成度の高いコスプレとしか思わなかった。
(ちょっと、そのクオリティ、ヤバすぎない……?)
 カンナは自分のゾンビ・ナース姿に引け目を感じた。傷メイクなどしなくても、ここまでリアリティを出せるものか、と感心した。

 マサキが喫煙スペースに到着したのは、それから間もなくのことだった。
 彼のやる気のないコスプレを見て、カンナは大きなため息をついた。

第二話に続く)


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