文芸創作を再開した2015年を振り返って
約二年半。
それは、このブログと Twitter 上の @YukiNozomu というアカウントをほぼほぼ放置状態にしていた期間になります。
今年は文芸創作家として、大きな意味を持つ一年になるだろうと思います。
三年前――2012年も、自分にとって有意味な一年でした。それについては、またいつか語る日もあるかもしれません。
今は、もう終わろうとしているこの2015年を、文芸創作家として振り返ります。(※およそ4~5分で読める分量です。)
ブログの再開は『夏の日』という詩小説のような作品を投稿した、今年の8月1日でした。
Twitter ではそれより少し早く、7月27日に、以下のツイートを口火として、活動を再開しました。
それでもわたしはうたう #決意表明
— 結城 希 (@YukiNozomu) 2015年7月26日
このツイートの意味するところは? と聞かれても、説明に窮してしまいますので、今は割愛させて下さい。
少し悲劇のヒーローぶってるところもあるので、まあ、その程度のものと受け取ってもらっても構いません。
ので、今年といっても実際に活動したのは後半の五ヶ月と少しだったわけです。
それでも、これまでの創作活動で、最も密度の高い五ヶ月間でした。
その活動・成果がどんなものであったか。
いくつか、見出しを作ることができそうです。
- Twitter で頻繁に浮上し、フォロワー2000人以上達成
- 小説を書く力の向上
- 筆名変更
もっと色々あったような気もしますが、こんな風にまとめることもできるでしょう。
では、一つひとつ見ていきます。
Twitter で頻繁に浮上し、フォロワー2000人以上達成
フォロワー数に果たしてどれほど価値があるのか、という点には議論の余地があるかもしれませんが、アナリティクスの情報によれば、月間最大インプレッション数は20万近くに達しました。
それだけ多くの回数ツイートを人々に見てもらえたということは、評価してもよいのではないかと考えています。
活動再開前はもはや記録にさえ残っていませんが、おそらく三桁は伸びたでしょう。
活動再開前と比較して、タイムラインを見る時間も増えました。
一時期は Twitter 依存症になりかけているのではないかと心配になったほどです。
今は少し、バランスが取れるようになったかなと思っています。
#twnovel, #twpoem の存在は以前から知っていました。俳句や短歌を詠む人々がいることも知っていました。
が、それらを紡ぐ人々が織りなす地図のようなものが、以前より自分の中ではっきりしたように思います。
また、それらに限らないジャンルの人々もいて、 Twitter 世界の広さ、深さを感じました。
それらから刺激を受け、「言葉」のみを頼みとしつつも、自分自身のジャンルも少し広がりました。
時には人々と相互作用し、私もまた Twitter 世界に一石を投じることができたのではないかと思います。
小説を書く力の向上
自分で「成長したな」と感じた点はいくつかありますが、特に大きいのは、自分でそれなりに納得行くショートショートをいくつか書けたことです。
ハロウィーン企画として書いた『エビル・コスチューム』もその一つです。
他に、未発表ですが公募に応募したものもいくつかあります。
今は更新を休んでいますが、『死を夢見る少女~最後の不死者~』という長編小説の連載に初めて取り組んだのも今年でした。
どちらかというと、その難しさを思い知ったように感じていますが、それも含めて良い経験になったと思っています。
#twnovel も前よりサクサクと書けるようになった気がします。
七歩さん(@naholograph)が主催されたよいこ大賞2015では、拙作のツイノベに「よいおち」賞という賞を付けていただきました。光栄に思います。
『小説家になろう』という投稿サイトの存在を知ったのも今年でした。
初心者ながら、いつもはブログに投稿していた作品を『小説家になろう』にアップしてみました。
ランキングには掠りもしませんでしたが、今年は、なろう関係でつながった方も多くいます。
筆名変更
最後に、筆名の変更を挙げました。
以上のように、自分の中では成長を実感した年ではありますが、世間的にはまだまだ無名な私です。
新年の抱負については、改めて卯月幾哉として述べたいと考えていますが、新筆名がもっと多くの人々に知られるようにしていきたいな、と考えています。
◇
また、主に Twitter では新しい人々との出会いがたくさんありました。
今のところ、全てバーチャルな世界の出来事ではありますが、単に創作家として刺激を受けるだけに留まらない、心の触れ合いを感じたことも事実です。
全ての出会いがあったおかげで、今の私が存在できていると思っています。
どれか一つ欠けても、今とは違った私になっていたでしょう。
だから、深く感謝しています。
冷たい画面越しだったとしても、それは一つの「出会い」だった。そう考えます。
今年、私と出会って頂いた全ての人、ネット上のアカウント(、あるいはボット?笑)に感謝します。
来年以降は、振り返る役割も新筆名に譲ることになるでしょう。
きっとこれが、結城希としての最初で最後の年間振り返りです。
来る新年が、みなさまにとって素晴らしい一年となることを願って。
ありがとうございました!!!
『死を夢見る少女』連載を少しお休みします。
更新を楽しみにして頂いている方には、本当に申し訳ありません。
掲題の通り、毎週末に一話ずつ投稿していた『死を夢見る少女〜最後の不死者〜』の連載を、少しの間お休みさせて頂きます。とりあえずは二〜三週間ほどの予定です。
理由は、一言で言うと「キャパ超え」です。
十二月に入り本業の方(会社勤めをしております)が益々忙しくなったこと、その他プライベートな事情により、たった千字そこそこの投稿とはいえ、毎週の連載を継続することが難しくなってしまいました。
つまり、いっぱいいっぱいというやつです^^;
特に、最近つらいことが二つほどありますので、以下に言い訳として書いておきます。
一つ目は、連載が長期化するにつれ、書き始める際の精神的なコストが段々と大きくなってきたことです。
連載当初から比べると、設定資料の量は数倍ほどにはなり、一度筆を置いた後、また筆を執る前にそれらを読み直して把握するまでに時間が掛かります。また、以前の話で書いた内容と、矛盾しないように書く必要もあります。連載が進むにつれ、次に書く際にチェックすべき量が増えました。心理的な抵抗も、少し大きくなったかもしれません。
これは、連載を始める前には想像できなかったことなので、ある意味では学びでした。
もう一つは、これを書いていると、他のものを書く時間がなくなるということです。
一つ目の理由にあるように、連載を続けることの労力は段々と重いものになってきました。また、冒頭に述べたように、忙しくなってきたこともあって、余暇の時間(〜創作に掛けられる時間)が少なくなってきました。
一方で、他に書きたいものもたくさんあるのです。
本来であれば、連載を一段落させてから、別のものに取り組むべきですが、今月は人生初の詩集を電子出版しようと決めていた月です。また、最近あるきっかけによって、他の方と共同で創作作品をつくることになり、そちらも進めていく必要が出てきました。
……というわけで、断腸の思いではありますが、少しお休みいたします。。
たぶん、年末年始には少し余裕ができるのと、仕事の方が休みに入る前に一段落すれば、今年最後の土日にも更新できるかと思います。
あまり書かないでいると、忘れてしまって、また思いだすのに苦労するので、休んでいる間も少しずつ次話以降の展開を考えたり、メモしたりしようと思います。
以上、『死を夢見る少女〜最後の不死者』の休載について、お知らせしました。
また帰ってきますので、忘れずに待っていてくださると嬉しいです!(泣)
死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 17
翌朝のサクラは、自分の目を何度か疑うことになった。
その日――一月十六日の朝も、彼女は自動運転バスが来るバス停の前で、幼馴染のアルフがやって来るのを待っていた。左手首の腕時計を見る。時刻は、七時三三分だった。
間もなく、アルフはやって来た。
(あの女の子は……?)
サクラは訝しんだ。その朝のアルフは、一人ではなかった。背の低い少女が、彼の隣に連れ立って歩いていた。歩きながら、二人は会話をしている様子だった。少女が何かを指差して言葉を発し、アルフがそれに対して応えていた。
サクラに気がつくと、アルフは片手を上げて挨拶した。
「おはよう、アルフ」
「ああ、おはよう。サクラ」
挨拶を交わした後、アルフはサクラに、一緒に歩いて来た少女を紹介した。
「紹介するよ。この子はユーリー」
ユーリーという名の少女は、無言でサクラを見つめていた。「この子はサクラだ」と、アルフはユーリーにも、サクラを紹介した。
「サクラ=ミズチよ。よろしく、ユーリー」
サクラは笑顔で言った。
「ええ。こちらこそ、よろしく」
ユーリーは、丁寧に会釈をして応じた。
「いったい、どこで見つけて来たの? こんなかわいい女の子」
自動運転バスの中で、三人はユーリー、アルフ、サクラの順で並んで立っていた。サクラは、アルフに当然の疑問を投げかけた。
「親戚の子なんだ。昨夜、ヒノモト国に着いたんだよ」
アルフはそう説明した。それは、ユーリーに高校見学をさせるために、ミナコが今朝考えた架空の設定だった。
「後でちゃんと話すよ」と、アルフはサクラに耳打ちした。その言葉は、ふつうの人間より聴覚が優れたユーリーの耳にも、しっかりと聞こえていた。
ユーリーはこの日、ミナコの服を借りていた。愛らしいファレンス国の人形のような容姿をした彼女は、周囲からやや浮いていた。自然、同乗している通勤客や学生の注目を集めていた。
(おや……?)
サクラは、あることに気がついた。そんなユーリーに対して、アルフが妙に落ち着かない態度で、ちらちらと視線を送っていた。これは、ひょっとして――。
いや、アルフに限ってそんなことはないだろう。と、サクラは一瞬、頭によぎった考えを打ち消した。
そのとき、止まっていたバスが動き出し、加速度で車内が少し揺れた。手すりに掴まっていなかったユーリーはバランスを崩し、アルフの方によろけた。
アルフはタイミングよく、ユーリーの肩に手を添えた。
「ありがとう」
少女はアルフを見上げ、礼を言った。アルフは首を振った。
「気をつけて」
何気ないやりとりにも映ったが、それを見ていたサクラの中で、先ほど脳裏をよぎった考えは、確信に変わった。
幼馴染の少年は、ユーリーという少女をはっきりと「異性」として意識していた。もっとも、本人にその自覚があるのかまではわからなかったが。それは、サクラが知る限り、彼の人生で初めての出来事だった。
――そうかそうか。こういう子が良いのね。
サクラは寂しいというよりは、不思議と嬉しい気分になっていた。筋金入りの朴念仁で、思春期とは無縁の存在と思っていた幼馴染も、やはり健全な一男子だったようだ。であれば、サクラがいつからかずっと胸の内に秘めている、少年に対する淡い思慕の念にも、いつか気づいてもらえる日が来るのかもしれない。
そのやりとりからしばらくの間、アルフの耳の後ろは真っ赤に染まっていた。
アルフの様子が、平常時と少し変わったことに、ユーリーも気づいた。
「……どうかしたの?」
平静を装っていたつもりのアルフは、慌てた。
「え? な、何が?」
「鼓動と呼吸が、いつもより速いわ。急に、体温も上がった。昨夜もそうだった」
ユーリーは、冷静に少年の身体的な変化を指摘した。
普段のアルフなら、そんな自分の変化を冷静に客観視できたかもしれない。が、そのときの彼には、とにかくその場をごまかして切り抜けること以外、頭に浮かばなかった。
「そ、そうかな? たぶん、すぐに収まると思うよ」
「そう? 不思議な人ね」
君が言うセリフじゃないけど。と、アルフは返すべきところだったが、このときは二の句が継げなかった。
ともあれ、ユーリーは、その言葉に納得した様子だったので、アルフはほっと胸を撫で下ろした。
自動運転バスは、車内の少年少女の心の機微などどこ吹く風で、いつものようにスムーズに走り続けた。
(続く)
読んでいただき、ありがとうございます。
再度、バスの登場です。
ユーリーとサクラという二人の少女の出会いは、こんな感じですね。
本作は、『小説家になろう』にも掲載しています。
死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 16
一九時二〇分。トキワガオカ高校前のバス停から、自動運行バスの最終便が出発しようとしていた。
サクラは疲れた体に鞭を打って走り、なんとかそのバスに間に合った。
すると、その車両には意外な人物が乗っていた。
「ジェームズ! なんであんたも」
「サクラ=ミズチか。僕は、図書室で調べ物をしていてね」
クラスメートのジェームズ=ハズウェルが、ただ一人で、バスの乗車口からすぐ目立つ席に座っていた。バスの中には、他に誰も乗っていなかった。
運転士のいないバスは、サクラが乗り込むや否や、静かに発進した。
サクラは無意識の内に、刺すような目線でジェームズを睨んでいた。体を動かしてすっきりしたところだったが、彼の顔を目にして、また腹の内から沸々と沸き上がってくるものがあった。
彼女の大切な幼馴染であるアルフが今日、おかしな噂を立てられるようになったのは、目の前の男のせいである。丁度いい。このむしゃくしゃした気持ちをぶつけてやろう。サクラはそう思った。
「今朝は、すまなかったね」
ジェームズは、サクラが話しだすよりも早く、謝罪の意を述べた。
「え――?」
サクラが怒りの言葉をぶつけようとしていた矢先に、出鼻をくじかれてしまった形だ。ジェームズは続けた。
「いや、君やアルフレッドに悪かったよ。僕が軽率に話をしたせいで、どうもクラスで変な噂が立ってしまったようだ」
「ほんとよ」
その通りだ。とサクラは思った。
「だいたい、あなた――」
サクラの言葉を、ジェームズは遮った。
「明日、僕からみんなに頼もうと思うんだ。『アルフレッドは僕たちと何も変わらない人間だ。そっとしといてくれ』って。どうかな?」
「そ、それは……」
悪くない考えに思えた。話題を発した本人がそう言うのが、最もみんなの心に響きそうな気さえした。
だが、サクラはどことなく釈然としないものも感じた。いったい、この男子は何がしたかったというのか。まるで、自作自演のような。
「……悪くないかな、と思うけど」
「じゃあ、決まりだね」
ジェームズは言い切って、正面に向き直った。この話はこれで終わり、とでも言うかのようだった。
「これ以上、変なことになったら承知しないから」
サクラがそう念を押すと、彼はゆっくりと彼女に向き直った。
「君とアルフレッドは、恋人同士なのか?」
「な、な、何を言うのよ、いきなり」
予想外の言葉に、サクラは慌てて、上擦った声を出した。
「幼なじみよ、ただの! よく言われるけどね」
「異性として意識したことはない?」
「!」
ジェームズは核心を衝いてきた。
サクラは髪をかき上げる仕草をしつつ、平然とした声で答えた。
「……別に。あったとしても、あんたに言うことじゃないし」
「なるほどね」
ジェームズは、にやりと口角をゆがめた。
サクラは、見透かされているような気がして、腹が立った。
(やっぱりこいつ、ムカつく……)
二人を乗せたバスは、夜の街を静かに走って行った。
「じゃあね。さよなら」
家から最寄りのバス停に着いて、サクラはバスを降りた。ジェームズは手を振って、彼女を見送った。
マンションまでの家路を、満月が明るく照らしていた。サクラは、ざわざわとした胸騒ぎのようなものを感じていた。
先ほどのジェームズの質問が、彼女の頭のなかで繰り返されていた。
「……あるわよ」
サクラは、誰にも聞こえない声で、そっと呟いた。
(第十六話に続く)
読んでいただき、ありがとうございます。
二ヶ月半ぶりのジェームズ登場でした^^;
次話はまた、場面が変わります。
遅筆ですいませんが、気長に読んで楽しんでいただければ幸いです。
本作は、『小説家になろう』にも掲載しています。
死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 15
――「おめでとう」ってどういう意味?
誰かがそれを訊ねるより早く、テレビジョン・モニタの中のイマールが話しだした。
『ゴールはまだだけど、あなたは目的通り、アグロス=ナベルの末裔にたどり着いた。きっとゴールも近いよ』
イマールの言葉に、ミナコも頷いていた。
「……」
ミナコはアルフが浮かない顔をしていることに気づいた。
「アルフ、どうしたの?」
「いや……」
ミナコが訊ねると、アルフはユーリーの顔をちらっと見て、口ごもった。彼にしては珍しい、曖昧な態度だった。
アルフはユーリーに訊ねた。
「『滅びの魔法』が見つかったら、君は死んじゃうんでしょう」
「そう願ってる」
ユーリーはにべもなく答えた。
「そう、だよね……」
アルフは、その後に続く言葉を飲み込んだ。
しかし、ミナコには、アルフが飲み込んだ言葉に察しがついた。彼女は自然に笑顔になった。
そんなアルフとミナコの態度をカメラ越しに見て、イマールもなんとなくその場の雰囲気を察した。
『楽しんだらいい。アルフ、ユーリーに色々案内してあげなさい。きっと、セイキョウ都で見たことがない場所も多いでしょう』
イマールがそう言うと、ユーリーは不機嫌そうな顔つきになった。
「ごめんなさい。私は……」
『すまん、息子は出不精でね。こういう機会でもないとなかなか出歩かないんだ。「滅びの魔法」についてはこちらでしっかりと調べてみるから、一つ、頼まれてくれないかな?』
アルフは、きょとんとした顔つきで二人のやりとりを見ていた。父さんは何を言ってるんだろう。
「そこまで言うなら……」
ユーリーは渋々といった様子で頷いた。イマールは『ありがとう』と礼を言った。
『アルフ』
イマールがもう一度、アルフに声を掛けた。
『これは人生の先輩としてのアドバイスだが、もし好きな女の子が出来たら、その子の好みなんかをよく見て、把握するようにした方がいいぞ』
アルフは素直に頷いた。
「わかった。覚えておくよ」
我が子ながら面白くない反応だな、とファレンス国からイマールは思った。
一方のミナコは、こみ上げてくる笑いをこらえるのに必死だった。
『一つだけ、いいかな?』
話の最後に、イマールがユーリーに質問した。
『あなたのフルネームを聞かせてくれるかい?』
ユーリーは大きく息を吸い込んで、答えた。
「ユーレディカ=ラーズ・クルサナ」
◇
時は、三時間ほど前に遡る。
もう下校時刻を過ぎていたが、サクラ=ミズチは体育館に残り、バスケットボールのシュート練習を続けていた。
夏季公式戦、トキワガオカ高校女子バスケットボール部は、都大会予選の決勝で惜敗した。最後の試合の記憶は、サクラにとって新しい。人一倍練習していたサクラは、その晩、悔しさで眠れなかった。
それが引退試合となったサクラは、もう今後、部活動で試合に出ることはない。だが、昼間の件でむしゃくしゃしていたこともあって、サクラは今日、思いっきり体を動かしたい気分だった。
がんっと、放った何十本目かのスリーポイントシュートがリングに弾かれたとき、見回りに来た体育教師が大声を発した。
「おい、早く帰れ!」
気づくと、広い体育館にはサクラ一人しか残っていなかった。無心になってシュートを放っている内に、みんな下校してしまったらしい。
サクラは仕方なく、帰り支度を始めた。
(……やばっ。もうこんな時間)
着替えを終えて体育館の外に出ると、サクラが思っていたよりも遅い時刻になっていた。急がなければ、高校前発のバスが終わってしまう。
サクラはバス停に向かって走った。
(第十五話に続く)
『小説家になろう』掲載作品
死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 14
アグロス=ナベルの『滅びの魔法』とは何なのか。
俗説はいくつかあった。例えば、アグロス=ナベルは錬金術士で、トゥルーバニランが苦手とする金属を精錬することが出来た、というような。しかし、真実は歴史上の謎となっていた。
「母さんは、何か知ってる?」
アルフがミナコに訊くと、彼女は首を振った。
「私は何も知らないのよね。父さんの――いえ、お義母さんの家のこと」
ミナコの義母、そしてアルフの祖母にあたるカロリーナ=ナベル・クナイは、既に他界していた。
「父さんに聞いてみましょう。それが早いわ」
ミナコはそう言った。
アルフの父、イマール=クナイは、現在ファレンス国に単身赴任中だ。ヒノモト国との時差は七時間ほどあるので、向こうはまだ未明だろう。
「たぶん、三〇分ぐらいしたら起きると思うから」
アルフが時計を見ると、二十一時半を少し回った頃だった。つまり、三〇分後のファレンス国は、朝五時ということになる。
アルフの記憶の中の父はそれほど早起きではなかったが、きっと「問答無用で起こす」という意味なんだろうな、とアルフは解釈した。
「それまで、もう少しあなたの話を聞かせてくれる?」
ミナコは真面目な顔で、改めてユーリーに頼んだ。
ユーリーはこくりと頷いた。
◇
『……ふわぁ。なんだい、こんな時間に……って、そっちはまだ夜だっけ』
三〇分後、リビングのテレビジョン・モニタに、寝起きのイマールの顔が映し出された。
「イマール、トゥルーバニランはわかるわよね?」
ミナコは手短に話し始めた。
『それはもちろん。あの有名な』
「紹介するわ。トゥルーバニランのユーリーこと、ユーレディカさんよ。なんと今年で二九五歳になるんだって」
ユーリーがモニタに向かってぺこりと頭を下げる。
『はぁ、これはどうも初めまして……って、ええぇぇーー!!!!』
モニタ越しにイマールの絶叫が響いたが、ミナコが予めボリュームを絞っておいたおかげで、三人は耳を塞がなくても済んだ。
「驚いた?」
『あ、あぁ。驚いた驚いた。なんだ、お得意のジョークか。全く寝耳に水とはこのことだよ』
ちょっとことわざの使い方が違うような? とアルフは思った。
「残念ながら本当よ」
『え? マジなの!?』
「イマール、悪いけど漫才をしている時間も字数もないわ」
そういう方向に誘導していたのは母さんの方だったような……とアルフは思いつつ、何も言わないでおいた。
『あ、ごめんよ。……で、なんだっけ?』
「アグロス=ナベルの『滅びの魔法』の正体って知ってる?」
『なに、アグロス=ナベルの……? それも『滅びの魔法』か……』
「知ってるの?」
『ちょっと待ってくれ。確か……』
イマールはしばし、思案する素振りを見せた。
『ごめん。さっぱりわからないや』
十数秒ほど思案した挙句、イマールが笑顔でそう答えたので、アルフたち三人はズルッとずっこけた。
『お袋に昔、何か聞いたような気もするんだけど、忘れちゃった。今日、こっちにいるナベル家の者に連絡を取ってみるよ』
「え、えぇ……。お願いね」
ミナコはソファに座る体勢を直しながら、答えた。
『それで、二人はもう、ユーリーからある程度話は聞いたの?』
「うん。ユーリーが十年前に死の眠りから目覚めて、ここにたどり着くまで、だいたいの経緯を聞いたよ」
と、アルフが答えた。
『なるほど。父さんにもざっくり教えてもらえるかな?』
と、イマールが言う。そこで、アルフはたった今、ユーリーから聞いた話を要約して、父に話した。
『……なんと。それは、すごい大冒険だったね。……こう言っていいかわからないけど、おめでとう』
話を聞き終えて、イマールはユーリーに向かって言った。
「え……?」
ユーリーは思わぬ言葉を聞いて、驚いた。ミナコもアルフも、その言葉には意表を突かれた。
(第十四話に続く)
『小説家になろう』掲載作品
死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 13
「仮死状態ってこと……?」
アルフは呟いた。
正史一七四二年、『ローマニラの赤い薔薇期』という内戦の終戦間際、ユーリーは共に暮らした家族とクルサナ村の人々の手により、仮死状態にさせられたらしい。
「卑劣なローマニラ軍の奴らも、さすがに墓を暴くような真似まではしなかったみたいね」
ユーリーの語り口からは、ローマニラ国の人々への強い憎しみが感じられた。それは無理のない話だろう、とアルフは思った。彼女の話と史実を合わせれば、彼女の一族はローマニラ軍の手に掛かって、一人残らず殺されたということになるのだから。
そして、話は十年前――正史二〇一五年まで進んだ。
「目が覚めた私は、バラダク町の外れにある共同墓地に埋葬されていたの」
バラダク町はローマニラ国の西端付近、ラゼル湖に接する町だ。クルサナ村を含むトゥルーバニラ地方からは遠く離れている。仮死状態となっていた二七〇年の間に、どういうわけか一〇〇〇キロ近くの距離を移動したらしい。
「覚えてはいないけど、その前にも一度『生き返った』のかもしれない……」
ユーリーは、歯切れの悪い口調でそう言った。
バラダク町の外れにある墓地で、自らの棺から抜け出した直後、ユーリーはたまたま近くを通りかかった猟師に、銃で頭部を撃ち抜かれたという。しばらく意識を失ったそうだが、彼女が自らの不死性を自覚したのはそのときだった。
それ以降、記憶の一部が欠落しているような気がする、と少女は語った。
「撃たれたときに、脳が傷ついたせい、なのかな……?」
と、アルフは考えられる仮説を口にした。
「なんだかファンタジーな話すぎて、よくわからないけど……。あり得るとしたら、そういうことかしらね」
ミナコは釈然としない様子ながらも、同意を示した。
その後、ユーリーはあるローマニラ人男性に保護されて、半年間ほど一緒に暮らしたそうだ。その間に、『ローマニラの赤い薔薇期』の結末や、トゥルーバニランが誰一人生き残っていないこと、アグロス=ナベルがローマニラ国民の歴史において英雄視されていることなどを知った。
ユーリーは、トゥルーバニランという民族の滅亡を初めて知ったときの心情を吐露した。それは悲痛な叫びだった。
「まだ私は、眠ったままなんじゃないかって思いたかった! 目が覚めたら、家族も知り合いも誰もいない。一人きりで。みんな、歴史の中では残虐な異民族扱いされて!」
ミナコやアルフには想像が及ばなかったが、それはきっと悪夢の中にいるような心境だったろう。少女の訴えに、アルフは胸が締めつけられるような思いになった。
「憎んでる? アグロス=ナベルのことを……」
いたたまれない気持ちでアルフが訊ねると、ユーリーはやや頷きつつ、かぶりを振った。
「あの人だけに憎しみをぶつけるつもりはないわ。もうとっくに死んでるし。ただ、ちゃんと私も殺してほしかった。この世界に、私の居場所なんて何処にもない」
「…………」
ミナコにもアルフにも、少女に掛けるべき言葉を見つけることはできなかった。
――だから、アグロス=ナベルの『滅びの魔法』によって、自らを完全に滅ぼしてほしい。
それが、少女の最後の願いだった。
(第十三話に続く)
『小説家になろう』掲載作品