死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 登場人物紹介

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  • アルフレッド=クナイ …… 主人公。愛称アルフ。本編の正史二〇二五年時点で、ヒノモト国のトキワガオカ高校に通う高校三年生の男子。美術部。歴史上の人物であるアグロス=ナベルの末裔。
  • ユーレディカ …… もう一人の主人公。愛称ユーリー。不死の少女。推定三百歳。
  • サクラ=ミズチ …… アルフの幼馴染であり、同じトキワガオカ高校に通う高校三年生。女子バスケットボール部
  • ミナコ=クナイ …… アルフの母。
  • イマール=クナイ …… アルフの父。ファレンス国に単身赴任中。
  • ジェームズ=ハズウェル …… アルフのクラスメートの男子。

フェニックス

いつか映画で観た
火の鳥
今はまぶたの裏で飛んでいる

あの夏の夜
キャンプファイヤーで

炎は
高く 高く
空へと吸い込まれて行った

最後の薪が
燃え落ちるまで
 
 
いま、一つの命の灯が
輝き放っている

その灯が続く限り
私もまた
私の焔に薪をくべよう

たとえ
肉体が燃え果てようと
灰の中から蘇り
あなたの傍に舞い戻ろう

どんな姿になろうと
生涯、あなたとともに歩むと誓った

だから、あなたも

生きて、

生きて、
 
 
生きて。

 

ハロウィーン企画小説「エビル・コスチューム」後書きに代えて

こんにちは!
木枯らしが吹く季節になりました。
ハロウィーンが終わり、街はこれからクリスマス色に染まっていきますね。

さて、ブログ読者様につきましてはご存知のことと思いますが、先週月曜から10月31日土曜にかけて、ハロウィーン特別企画と称して短編小説を連載していました!
連載開始2日目に書いた紹介記事がこちらです:

ハロウィーン特別企画・短期連載小説「エビル・コスチューム」に寄せて(目次込み) - 言葉の種を植える場所

目次もこちらの記事に含まれていますので、まだ本編を読まれてない方は、こちらからどうぞ。

ここで、タイトルの「エビル・コスチューム」について、ネタ明かしをしておきます。
といっても、最後まで読んでいただけた方はお気づきかと思いますが。

Evil=「邪悪な」という意味なので、直訳すると「邪悪な衣装」となりましょうか。
カンナとマサキの仮装もまあ、そうで、カボチャ男も一応それに該当しますね。
隠し玉としては、実はリエも仮装してました、ということでした。

最初はもう少し短い話になると思っていましたが、カボチャ男のシーンを分けたり、投稿前に推敲している内に、気づいたら一万字を超えちゃっていました。

読んでいただいた方、感想いただいた方、TwitterFacebookで拡散・いいねしていただいた方、もろもろありがとうございました!

全体的な反響はというと、正直、まだまだというところですが、今後もっと多くの人に小説を読んでもらえるように、引き続き頑張りたいと思います。
実はもう、クリスマスの短編も少し考えていたのですけど、連載よりは、一話完結の読み切り形式で、読者を増やしつつ腕を磨いた方がいいかもな、とも思ったり。
(そもそもブログで小説を書くのってどうなんだろう、という気持ちも少し有り)

なんだか、まとまりがなくなってきましたが……

今後ともよろしくお願いします。

それでは、またどこかでお目に掛かりましょう☆

死を夢見る少女 〜最後の不死者〜 12

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 アルフは一人、ダイニングテーブルの席に座り、二人を待っていた。
 まず、シャワーを浴び終えたユーリーが部屋に入ってきた。改めて少女の姿を目にして、アルフの心臓は早鐘を打ち始めた。
 彼女の肌が白いのはわかっていたが、実際には陶器のように肌理の整った肌だった。室内灯に照らされ、その顔立ちも改めてはっきりとわかった。大きくつぶらな両の目に、すっと通った上品な鼻筋、その下にしっとりと濡れ光る小さな薄唇があった。まるで、愛らしいファレンス国製の人形のようだった。
 アルフは目の前の少女が、先刻までの血と埃を纏った人間とは別人のように感じた。
 少年は、なぜだか自身の心臓の鼓動が速いのを感じていたが、自分ではその理由がわからず、平静に映るように装った。
「それ、前と後ろ反対だよ」
 ユーリーはアルフが二、三年前に着ていたTシャツを着ていたが、フロントのプリントが背面に回っていた。
 アルフが指摘すると、ユーリーは無造作にシャツを脱いで、着直した。
(うわっ!)
 アルフは慌てて視線を逸らした。ユーリーは下着を着けておらず、服を着直す間に裸の上半身が露わになった。そこには、女性らしい胸の膨らみもあった。
 ユーリーは何事もなかったかのように、テーブル上の料理の配置を眺めて、アルフの隣の椅子に腰を下ろした。だが、アルフはしばらくの間、彼女を直視することができなかった。
「何かあったの?」
 アルフの不自然な挙動が気になったユーリーは、上目遣いに訊ねた。その距離は五十センチもない。
 顔が熱いのを感じながら、アルフは精一杯の平静さで「なんでもない」と答えた。

 そこにミナコが戻って来た。
「アルフ、どうしたの? 顔が赤いけど。暑いかしら?」
「なんでもないって」と、ユーリーがアルフに代わって答えた。
 ミナコは声を上げて笑った。
「まるで、可愛い妹ができたみたいね」
 私の方が遥かに歳上だけど、と少女は言った。

     ◇

「トゥルーバニランって本当?」
 ミナコがユーリーに訊ねると、少女は頷いた。
 夕食後、三人はリビングのローテーブルを囲むL字形のソファに腰掛けて、話していた。アルフとユーリーが並んで座り、ミナコが二人と斜めに向かい合った。
 主にアルフとミナコが、ユーリーから話を聞く形になった。少女は自身の出生や、ローマニラ国からヒノモト国にたどり着くまでの経緯について話した。それは、常識では考えられない、驚くべき内容だった。
「私が生まれたのは、あの悪夢のような戦争が始まったのと同じ年よ」
 『ローマニラの赤い薔薇期』のことだ。内戦が勃発したのは正史一七二九年なので、ユーリーの年齢は二九五歳ということになる。
「死んだのは、十三歳のとき。セビュー村とビストラ村は、そのときにはもう滅びてた。私が生まれたクルサナ村にも、ローマニラ国の軍隊が押し寄せようとしてた」
 トゥルーバニランたちは内戦が始まる前、その三つの村に分かれて暮らしていたそうだ。
「死んだ?」
 ミナコとアルフの声が重なった。
 ユーリーはこくりと頷いた。
「私の家族と村の人たちは、私を奴らに殺されたくなかった。だから、薬を使って死んだのと同じ状態にしたの。そして、棺に入れて埋葬したのよ」

第十二話に続く)


『小説家になろう』掲載作品

エビル・コスチューム (6/6)

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 ドスンッ!

 カンナは渋谷センター街入り口のツタヤ前で、ふと意識を取り戻した。隣を歩いていたマサキが、落ちていた空き缶に足を滑らせた。カンナもそれに巻き込まれ、二人仲良く派手にすっ転んでしまったのだった。
 どうやら一瞬、意識を失っていたらしい。なぜだか、すごく長い夢を見ていたような気がする。
「もう、何やってんのよ!」
 カンナは立ち上がりながら、毒吐いた。マサキは「いてて……」と地面に手を突いて呻いている。
 時刻は一九時ごろ。スクランブル交差点の周辺は、思い思いに仮装した人々がひしめき合い、異様な盛り上がりを見せていた。ところどころに警官が立ち、周囲を警戒している。今のところ、大きな騒ぎは起こっていないようだ。
「ほら、起きて! ライブもう始まってるじゃない」
 カンナはマサキの手を取って、起こした。
 立ち上がったマサキは、きょろきょろと辺りを見回した。カンナは怪訝な顔をした。
「どうしたの?」
「……いや、さっきまで誰かもう一人、一緒にいなかったっけ?」
 何言ってるのよ、とカンナはマサキの言葉を打ち消した。ハチ公付近で待ち合わせてから今まで、ずっと二人で行動していたではないか。

 カンナは何気なく、自分のポーチの中を手で探った。
(あれ?)
 家を出る前に、飴玉をそこに入れていたと思ったのだが、いつの間にかなくなっていた。
(……なんだ、これ?)
 カンナは、なくなった飴玉の代わりに、そこに入っていた物を取り出してみた。真っ白な、鳥の羽根のようだった。まあ、いいか。と、カンナはそれをポーチの中に戻した。

 カンナはマサキの手を引いて、目当てのクラブに向かって走った。


 翌日、始発でアパートに帰宅したカンナは、昼過ぎになって目を覚ました。
 寝ぼけ眼をこすりながら、テレビを点ける。ニュースが流れていた。渋谷で拳銃を所持していた無職の男が逮捕されたらしい。物騒な話だ。幸い、死者もけが人も出なかったようだ。

 ピンポンと、玄関から呼び鈴の音が鳴った。  カンナは「はーい」と返事をしたが、その後も呼び鈴は二、三度連続して鳴った。
 ……うるさいな。そんなに何度も鳴らさなくても、聞こえてるよ。
 カンナはのろのろと立ち上がると、適当に上着を羽織って、玄関のドアを開けた。
 初対面の女がそこにいた。年齢はカンナと同じか、もっと若いかもしれない。格好はやや大人びているが、少女のようなあどけない顔をしていた。
「こんにちは、初めまして。今日からお隣に越してきた、有野理恵と申します」
 彼女の背後で、引越業者らしい制服の男たちが、家具を隣の部屋に運び込んでいた。

 どこかでお会いしたことありましたっけ。と、カンナはその女性に訊ねた。

(終)


小説家になろう掲載作品

エビル・コスチューム (5/6)

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 それは、あっという間の出来事だった。

「リエ……? 何してるの? 早く逃げて!!」
 突然、自分たちの前に立ちはだかった悪魔姿の女性に向かって、カンナは叫んだ。
 ジャック・オー・ランタンを被った黒衣の男は、銃口を真っ直ぐリエに向けている。
 だが、リエは逃げなかった。彼女は大声で言った。
「あーあ、楽しいお祭りが台無しじゃない。せっかくいい気分だったのに!」
 声には怒気が込められていた。事実、彼女は怒っていた。
 リエの言葉をかき消すように、カボチャ頭の男は銃を撃った。弾丸は彼女の左腕をかすめ、後方のスターバックスの窓ガラスを割った。黒いレオタードスーツが裂け、彼女のパープルの肌が露出した。
 リエはそれを全く意に介さない様子で、無防備にカボチャ頭の男に向かって歩いて行った。
「リエ! 危ない!!」
 カンナがまた叫ぶ。
 黒衣の男が拳銃を連射した。だが不思議なことに、銃弾は一発もリエに当たることはなかった。銃口から飛び出した弾丸は、リエの体に達する前に、宙空で消滅していた。

 なんだ、この女は。
 男は焦燥を感じていた。たった今まで、誰もが自分に怯えていた。引き金を引くだけで簡単に人が死ぬことに、彼は快感を覚えていた。なのに突然、悪魔のコスプレをした妙な女が、自分に立ち向かってきた。まるで、男のことなど恐れるに足りないと言うかのように。
 なぜ、銃が効かない。
 撃鉄がカチカチと音を立てた。男は装填した銃弾を撃ち尽くしてしまった。
 男の脳内に巣食う謎の黒い影が、大きな警鐘を鳴らしていた。それに呼応して、男は本能的に強い危機感を感じた。
 悪魔姿の女――リエが、男に近づいてくる。もう男との間の距離は数歩もない。
 男は拳銃を放り、コートの内ポケットからサバイバルナイフを引き抜いた。腰だめに構え、リエの左脇を狙って思いっきり突き刺す。
 リエはナイフを左手で受け止めた。ナイフの刀身が飴細工のようにぐにゃりと曲がる。男は、彼女に傷ひとつ付けることができなかった。男が突き出した右拳は、リエに掴まれることになった。
 リエはそのまま男の懐に入り、彼の胸部に鋭い掌底を放った。掌は男の胸を数センチ陥没させ、男を十メートルほど後方に吹っ飛ばした。男は背中から倒れ、天を仰いだ。と見えた直後、男は人間離れした動きで体全体をひっくり返し、蛙のような四つん這いの体勢になった。
 男の全身から、よりいっそう凶々しいオーラが放たれていた。
「コロ……シテヤル」
 男は呪詛のような言葉を吐き、四つん這いの体勢から全身のばねを使って、あり得ない速度で前方に跳躍した。一直線に、リエが立っていた空間を薙ぎ払う。リエはふわりと黒い羽根をはためかせ、左上空に避けていた。
 リエはそこから空中でくるりと前方宙返りをして、カボチャの面を被った男の首の付根に、右の踵を振り下ろした。その威力は、まるでクレーン車が大きな鉄球を地面に落としたかのようだった。男を中心にアスファルトにひびが入り、衝撃波が戦いを見守っていたカンナにまで達した。
 カボチャ頭の男は、ぐったりとうつ伏せに倒れた。普通の人間であれば、即死していただろう。男の手指が、ぴくぴくと痙攣していた。
 リエがカンナたち二人の前に立ちふさがり、カボチャ男を制圧するまで、一分にも満たない出来事だった。
 リエは、気絶している男の頭に向かって上体を屈めた。続いて、男が被ったジャック・オー・ランタンを紙切れのように引き裂く。そして、そのまま地面に膝をついて、男を仰向けに抱え起こした。
 男は、二十代前半から半ばほどと見られた。顔面には血管が浮き出て、赤黒く変色していた。頭髪は逆立ち、さながら羅刹か鬼のようだった。
「低級悪魔のくせに、手を焼かせてくれたわね。……さあ、お出でなさい」
 リエは男の顔に右手をかざし、鈴の音のような声で何事か唱えた。
 ややあって、男の口からドロリと、黒いサンショウウオのような姿の何かが抜け出してきた。リエは、それの体を素早く右手で捕まえた。
「ここで滅してしまうのは簡単だけど、私がやると角が立つから……。向こうの世界にお帰りなさい」
 リエは、両手でその黒い生き物を空に掲げた。それはふつっと虚空に消えた。

 先ほどまで、カボチャの面を被っていた男の様子が変化した。まるで憑き物が落ちたかのように、本来の穏やかな表情を取り戻し、安らかな寝息を立てていた。

「マサキ……リエが助けてくれたよ。ねえ、聞いてる?」
 カンナの目から涙がこぼれ、マサキの頬を濡らした。その腕に抱かれたマサキは、しかし、返事をすることはできなかった。
 彼はもう、呼吸をしていなかった。その体からは、徐々に命の温もりが消えつつあった。
 リエが、カボチャの男を撃退して戻って来た。激しい戦いの直後にも関わらず、彼女は息ひとつ乱していなかった。
 この子は何者なのだろう。本物の悪魔なのだろうか。
 少なくとも、カンナにはもう、同じ人間とは信じられなかっただろう。だが、何者だろうと、カンナにとってリエはリエだった。
「リエ……、マサキが……。マサキが動かないよぉ……」
 カンナの視界は涙で歪んでいた。
 リエは頷いて、カンナの前で跪いた。
「……ごめんね。まさか、こんなことになるなんて。招かれざる者のせいで、多くの命が失われてしまった。残念だけど、全部なかったことにするしかないわね」
 リエの口調は、三人で遊んでいた先ほどまでとは違って、大人びていた。
「リエ……? 何を言ってるの……?」
「今日はありがとう。本当に楽しかったわ」
 リエは立ち上がると、何もない空間から木の杖を取り出し、天を仰いだ。そして、祈りを捧げるかのように長い呪文のような言葉を唱えた。
 杖全体が淡い光に覆われ、その上端から眩い光が発せられた。杖に呼応するように、リエ自身の体も仄かな黄金の光に包まれていた。
 ……眩しい。
 カンナは目を細めながらも、視線をリエから外すことはしなかった。
 リエの体に変化が起こった。髪が銀色から金色に、角と尾は消え、肌は薄紫色から小麦色に、黒いコウモリの羽根は、純白の翼に変わった。着衣も、黒いレオタードスーツから、白いワンピースに変化した。
「天使……?」
 カンナが呟いた。リエはくすっと笑った。
ハロウィーンにちなんで、ちょっと仮装してたの」
 リエは光輝く杖の先端を高く天に掲げた。光の奔流が溢れ、カンナの視界は真っ白になった。全てが白い光に覆われ、目の前にいるはずのリエの姿さえ見えなくなってしまった。
 真っ白な光の向こう側から、リエの声が聞こえた。
「私の本当の名前は、アウリエルって言うの」
 しかし、その言葉をカンナが記憶することはなかった。

 渋谷の街は、眩い光の奔流に包まれた。

第六話に続く)


小説家になろう掲載作品

エビル・コスチューム (4/6)

目次


「じゃあ、俺たちはこれからクラブに行くから」
 マサキがリエに対して言った。
 三人はカラオケを終えた後、渋谷センター街入り口のツタヤ前まで、歩いて来ていた。
「楽しかった! また遊んでね」
 リエは無邪気に笑った。
 カンナは、リエの顔を改めてじっと観察した。その薄紫色の肌は、やはり何度見ても地肌にしか見えなかった。蜜柑を食べすぎると肌が黄色くなるというが、何を食べればこんな色になるのだろうか。
「……何? 私の顔、なにか付いてる?」
 カンナに見つめられて、リエは怪訝な表情をした。
「ううん、なんでもないよ。また会おうね」
 カンナは慌てて両手をばたばたと振った。きっとリエには、特殊メイクのプロの知り合いがいるのだろう。カンナはそう思うことにした。

 パンッ パパンッ

 マークシティ方面から、何かが弾けるような音が聞こえてきたのは、三人が今にも別れようとしていたときだった。
「いまの、なに?」
 カンナは初め、誰かが大きなクラッカーを続けざまに鳴らしたのかと思った。だが、直後に恐怖が入り混じった悲鳴が聞こえ、人波が動きだしたので、何か様子がおかしいことに気づいた。
「なんだあれ? やべぇな。早く行こうぜ」
 マサキが言う。だが、カンナは好奇心から、騒ぎの正体が気になった。
「待って。人がこっちに来る」
 大量にクラクションの音が鳴っていた。赤信号にも関わらず、人々が叫び声を上げながら、次々にスクランブル交差点に飛び出してくる。
「何かあったんですか?」
 カンナは、セクシーな婦警のコスプレをした女性を掴まえて、そう訊ねた。
 彼女はそれどころじゃないという剣幕だったが、カンナを振り返ると興奮した口調で話した。
「鉄砲、撃ったんだよ! あり得なくない? ここ日本だよ! 絶対ヤクザだ、あいつ」
 その後ろから同じような格好をした女性がもう一人走ってきた。二人は一緒に行動していたようだ。「あっち行こっ!」二人組の女性は、井の頭通りの方へ走り去って行った。
「鉄砲……」
 カンナはその非日常な単語を呟いた。普段の生活からかけ離れていて、現実感がなかった。だが、実際に逃げ惑う人達がいる。

 パンッパンッ

 また音が鳴った。
 それが銃声なのだと、カンナとマサキにもわかるほど、音は近づいてきていた。
 スクランブル交差点を走っていたスーツ姿の女性が、頭から血を噴き出して前のめりに倒れた。後から走ってきた人々が彼女にぶつかり、あるいは足を取られ、二、三人が更に転んだ。
「う、うわあぁぁ!!」
 転んだ一人の男性が仰向けになって後方を振り返り、叫んだ。その視線の先を追うと、大きなジャック・オー・ランタンを頭に被った、黒いコートの男が拳銃を構えていた。
 銃声が響く。叫んだ男性の胸から血飛沫が上がり、彼は地面に倒れた。
 カボチャ頭の男を見て、リエの顔色が変わったことに、カンナとマサキは気づかなかった。いや、薄紫色のままではあったが。
「嘘……」
 カンナは目を見開き、首を小さく左右に振った。とても、目の前の光景が現実とは思えなかった。悪い夢を見ているのではないか。彼女は恐怖のあまり、腰が抜けて地面に座り込んでしまった。
「おい、カンナ! どうしたんだ、立てよ。逃げるぞ!」
 マサキがカンナの腕を掴んだ。
「あ……、あれ……」
 カンナが片手を上げて、スクランブル交差点の方を指差す。
 カボチャ頭の男が銃を構え、ゆっくりと近づいてきていた。表情は見えないが、銃口はカンナたちに向けられているようだった。
「まじかよ、くそっ!!」
 マサキは怒声を吐きながら、カンナを庇うように立ち、彼女を両手で抱え起こそうとした。

 パンッ

「うっ……」
 どしん、とマサキの体に振動が走った。背中を撃たれた。ごほっ、とマサキは血を吐いて、カンナにもたれかかるように倒れた。
「マサキ……? 何してるの? 逃げるんじゃないの?」
 マサキの口がパクパクと動くが、声にならない。
 また、発砲音が何度か鳴った。今度はカボチャ男が撃ったのではない。拳銃を手にした警官隊が駆けつけ、カボチャ男を取り囲んでいた。カボチャ男は何発も被弾し、体のあちこちから血を流していた。にも関わらず、彼は倒れなかった。
「どうなってるんだ!?」
「ば、化け物……」
 カボチャ男も拳銃で応戦した。一人、また一人と警官たちが撃たれて、倒れて行った。「機動隊はまだか!!」少し離れた場所で、一人の警官が叫んでいた。
 カボチャ男は空になった弾倉を銃から取り出し、ぎこちない手つきで予備の弾倉に入れ替えた。そして、またカンナ達に銃口を向けた。
「いや……来ないで」
 カンナはマサキを抱えたまま、涙を流して懇願した。
 そのときだった。
 カンナとマサキを守るかのように、悪魔姿の小柄な女性が二人の前に立ちはだかった。

第五話に続く)


小説家になろう掲載作品