答えなき答え

崩れかかった建物の前、男が一人うずくまっている。
時折耳を揺らす物音に、顔を上げては、また下ろす。
とりわけ、人の足音には敏感に。

――また、あんたか。

と、男は声にならない声で言う。
いつの間にか、音もなく老人が立っている。

――もう、放っておいてくれ。

老人が去ることはない。
男は彼が誰なのか、わかっている。

「いったいいつまで待つつもりなのか」

老人が尋ねる。
いつまでも、と男は答える。

――あいつは、会おうと言ったんだ。

「いつ?」

――それは聞いていない。

「死んでいるのではないか」

――生きている。それは知ってる。

「だったら」

老人は一呼吸置く。
男には老人の次の言葉がわかっている。

「答えはひとつだろう」

男は顔を上げる。目に涙を溜めて。

――どうして、教えてくれないのかな。

男はひとり言のように言った。
老人は答えを持っている。
しかし、敢えてそれを言うことはしない。

――どうして、適当な嘘で、ごまかしてくれないのかな。

老人はもういない。
男は立ち上がり、朽ち果てた建物を後にする。