小説

風の駅(3/3)

第1話 第2話 フューに再会して七日後の早朝、ヴェントは誰よりも早く目を覚まし、馬とともにそっと王城を抜けだした。 嵐が来ていた。 強風に草は折れ、木は傾いでいた。馬が進むことをためらっていた。ヴェントは生まれて初めて、馬に鞭を振った。 風の駅か…

風の駅(2/3)

第1話 初めてシルフに会ってからというもの、ヴェントはよりいっそう足繁く、風の駅に通うようになった。最初の頃はシルフが現れるのを今か今かと待ち構えていたが、シルフは警戒心が強いという伝承を思い出し、敢えて何もせずに草地で寝そべったり、紙片に…

風の駅(1/3)

そこは、風の駅と呼ばれていた。 山間の窪地だった。四方に延びる道から風が吹き込み、また、出て行く場所だった。 ヴェントは今日も馬を駆り、一人でこの地を訪れていた。山は春を迎え、色とりどりのイチリンソウが風の駅を彩っていた。馬から下りると、彼…

生と負(9/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 第8話 「神倉君が警察に知らせてくれたんだね」 松田バイオテクノロジーソリューションズ株式会社の在津市研究所所長が、警察の事情聴取のために連行された翌日、悟と清香はいつものように森が丘高校に登校してい…

生と負(8/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 第7話 「罪を償おうとは考えていないんですか?」 そう尋ねたのは清香だった。「所長」は大きく息をついた。 「私の首一つで済むのなら、そうするんだがね。このプロジェクトには、我々の夢が懸かっているんだ。今更、…

生と負(7/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 第6話 広い部屋だった。手前側に低いガラステーブルを挟んで、二脚のソファがあり、奥に大きなデスクがあった。学校の校長室のようだ、と清香は思った。 デスクに、壮年の男が腰掛けていた。どうやら、この施設で最も権威を持…

生と負(6/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 第5話 その後、坂下は二件の電話を掛けた。一件目の電話で、移動のための車を手配したようだった。話しぶりからして、相手は同輩以下の立場と察せられた。 二件目の電話は、あたかも上司に対する部下の報告という雰囲気だった。 「…

生と負(5/9)

第1話 第2話 第3話 第4話 「四国犬と違うところはいくつかあります」 悟は一歩、足を前に踏みだして、坂下に向かって語りだした。 「例えば、臼歯の大きさや足の付き方、足あとの形ですね」 実は、オオカミと犬には、遺伝学的な差はないとされている。いずれ…

生と負(4/9)

第1話 第2話 第3話 清香としては、目の前の動物がオオカミであるか否かは、ある意味どうでもよかった。 「そいつが、あの女の子を殺したんじゃないの?」 ざわざわした嫌な予感の正体はそれだった。二日前に、幼い女の子の命を奪ったのは、この獣ではないか…

生と負(3/9)

第1話 第2話 悟の家は、塀と庭がある一軒家だった。父親の仕事の関係で、両親は一年前から海外で暮らしており、今は悟一人で住んでいることを、清香は聞いていた。なので、家の門からおじいさんが出てきたときには、清香は驚いた。 近所に住む、樋渡さんだと…

生と負(2/9)

第1話 清香の問いかけに対して、悟は「いいや」と首を振った。 「なんでよ」と、清香は口を尖らせた。 悟ははっきりとは答えず、「うーん」と何か考えている様子だった。やがて、何かに思い至ったように、「あぁ、そうか」と言った。 「なによ」と再度、清香…

生と負(1/9)

小さな棺が、葬儀場から運び出された。 水城清香は、棺を乗せた霊柩車が走り去って行く様子を、傍らの母とともに見送った。 遺族もまた、タクシーで火葬場に向かった。残されたわずかな人々が、大きな息をつくのが感じられた。 寂しさと、悲しさと、やるせな…

魂のリレー(3/3)

第1話 第2話 「あなたも、薫の教え子の一人なんですね」 仲川薫の夫、良一はナムホンを屋内に招き入れてくれた。 ナムホンは俯いていた。まだ、彼女が亡くなっていたことのショックから抜けだせずにいた。 「やっと、病気を克服したときだったんですよ」 ぽ…

魂のリレー(2/3)

第1話 更に、四ヶ月後。ナムホンは熊本にいた。彼は、リストアップした「仲川薫がいる可能性がある道場」を訪ねながら、九州を南から北へ縦断していた。相変わらず手がかりはなかったが、ある道場の女将が気になることを言った。 「そう言えば、間宮さんのと…

魂のリレー(1/3)

仙台駅の東口から外へ出て、ナムホンは日本に来たのだという実感をいっそう強く持った。 初めて彼女に出逢ってから、ずっと憧れていた国だ。十二年前、彼女がナムホンの母国を訪れ、幼いナムホン達にカラテを教えてくれた時から、ナムホンはいつか必ず日本を…

北風さんと太陽さん(2/2)

第1話「どうしてだい、南風さん?」 北風さんには、南風さんの言葉をすんなりと受け止めることはできませんでした。 「お前、自分が大気のバランスを崩してるってこと、気づいてねえのか?」 南風さんは今まで吹いていた北風が止むことで、色んな気候変動が…

北風さんと太陽さん(1/2)

あるところに、かわいそうな北風さんがいました。 北風さんは動物たちが大好きなのに、北風さんが近づくと、その強い風によってみんな逃げ隠れてしまうのです。 北風さんは思いました。 「いつもにこにこと明るくて、人気者の太陽さんみたいになりたいなぁ」…

車内トラブル(2/2)

第1話「ふざけんなよ、こら」 不良男はなおもわけのわからないことを喚きながら、老夫を殴り続けた。近くにいたサラリーマンが止めようとしたが、殴られた。 「やめて下さい」と、老夫は両手を上げて懇願したが、不良男は暴行を止めなかった。老夫の顔は真っ…

車内トラブル(1/2)

「井の頭線の下りの終電にだけは乗りたくない」 東大出身の同僚、橋本はよくそう言っていた。 渋谷勤務になって数日も経たないうちに、私はその意味を理解した。 特に最後尾の車両はひどく、乗車率200%どころか、300%は越えてるのではないかと思った。 なの…